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ハセガワ

2006年06月08日 雑記
 ある晴れた午後のできごとだ。というか家族で夕食を取っているときのことだ。
「今日、マキちゃんに会ったんだけどな」
 父が話しかけてきた。マキちゃんというのは他でもない。幼稚園と小学校が同じだった数少ない、いやたった一人だけしかいない幼なじみのことだ。
「久しぶりに会ったら、彼女の友達のことを話していてな。お前もその子のことを知っているって言ってたぞ」
 突然話しかけてきた割には、内容は俺にとってどうでも良い類のことのようだった。
「で、名前は何て言うの」
 そのまま無視するわけにもいかず、一応聞き返しておいた。別にその子が誰であろうと俺には関係のないことだが、一応聞いておいた。
「長谷川って言ってたぞ。お前に言えばわかるって」
 ハセガワ…。長谷川と聞いてすぐに思い浮かんできたのは、長谷川理恵と長谷川京子。残念ながら二人とも自分の同級生ではない。実のところを言えば、片方は自分の同級生ととても深い仲だったりもしたが、それは今関係ない。誰だ、ハセガワ。まるで思い出せない。石化の魔法でもかけられてしまったように、微動だにせず、そのハセガワを思い出そうとしたがダメだった。
「思い出せないってことは、カワイイ子でも、出来が良い子でもないってことでしょ」
 突然話に割り込んできたのは母だ。訳のわからない理由で、俺がハセガワを思い出せない理由を決め付けようとしてくる。余計なお世話だ。
「えっ、どういうことだ。お前はそういう基準で人を覚えているのか」
 母の余計な一言のせいで、まるで俺が、カワイイ子と出来が良い子しか覚えないような、そんな人間に思われてしまった、父に。ここは一刻も早く否定しなくてはならない。とっさに飛び出した言葉はこうだった。
「むしろ、その逆の方が覚えてるよ。可愛くなくて、出来が悪い子の方が。周りからいじめられてるから…」
 明らかに反論の仕方を間違えてしまった。これではいじめられっ子しか覚えていない、最悪な人間みたいじゃないか。
 父と母は覚えているかどうかの判断基準について話し合っている。それはお前の基準じゃないのか、みんなそうやって覚えているのか、などと真剣に母に聞いている父。顔の良い子はすぐに覚えるし、出来の良い子はテストの成績が張り出されるから自然と覚えるでしょ、などと真剣に言い返す母。テストの成績が張り出されるって、それはいつの時代だ。間違っても俺の時代にはそんな制度はない。そんなことしたら、プライバシー侵害で訴えられてもおかしくない時代だ。そんな二人の会話を聞き流しながらも、必死にハセガワの手がかりを探していた。だが思い出せない。ハセガワで思い出すのは、長谷川理恵と長谷川京子と、そうだ、お仏壇の長谷川。手と手を合わせて幸せ。節(ふし)と節を合わせて不幸せというあれだ。だが、これまた全く関係ない。
「あのさ、名字だけじゃなく、名前は聞いてないの」
 思い出せないのは、強烈なあだ名が付けられていたせいか、下の名前で呼ばれていたのかどちらかだ。そうに違いない。そう考え、父に聞いてみた。
「いや、長谷川って言えばわかるはずだからって。下の名前も聞いておけば良かったな」
 新たな情報は得られないままだった。
 長谷川か。長から始まる名字の子はいたことにはいたような気がするが長谷川ではない自信がある。誰だろう、ハセガワ。
 そうこうしているうちに食事も終わり、食事中ずっと考えていたハセガワは思い出せないままだった。
 そして、自分の部屋へと戻った。
 おもむろに開きだしたのは、小学校の卒業写真。過去を思い返したくない俺が、めったに開かない物の一つだ。
「ハセガワ…ハセガワ」
 ハセガワという字を探し始めた。同じクラスに存在していて欲しくはなかったが。ハセガワが存在するとすれば、俺の記憶力が負けたことになるからだ。ほら、違うクラスだったんだよ、とか、同級生だけど一度も同じクラスになったことなかったんだよ、と言いたかった。
「ハセガワ…ハセガワ」
 長で始まる名前を見つけてドキッとする。だがそれは、長谷川の三文字ではなく、長石の二文字だった。長という漢字で引っかかっていたのは、この子のことだった。これで長谷川という名字の子が存在する可能性はかなり低くなった。なぜなら、長から始まる名字の子のことなんて、これっぽっちも思い出せないのだから。一安心して、続きを探し始める。
「あっ」
 いた。見つけた。そこには確かに書かれていた。長谷川○○と。小学校五、六年生の時に同じクラスだったのだ。同じクラスだったのに、名字を聞かれて思い出すことができなかった。俺の記憶力が負けた瞬間だった。
 母の言うとおり、特別顔がカワイイわけでも、特別頭が良い子でもなかったが、確かにそこには長谷川○○という名前と写真が載っていた。少しずつ思い出が蘇る。しゃべったことは数える程か、もしくは一度も話したことが無いのかもしれない。遠い記憶をたぐり寄せていると、名前も顔も思い出せなかったのに、声だけは14年の時を経て、思い出せたような気がした。
























というのは昨日の夕食のできごと(実話)です。
クラスメイトの名前ぐらい、全員覚えておきましょう。