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食人賞「人間を食べると、人間は死に、生が待つ」

2007年10月02日 はてな
ファック文芸部 - 食人賞応募作品 (応募要項を満たしているかわかりません)

(グロい表現がありますので、以下の文章は読まない方が良いかもしれません)




 令子には付き合って三ヶ月の彼氏がいる。今日はデート。二十歳の誕生日だからと、五歳上の淳也が遊園地に連れてきてくれたのだ。令子にとっては初めての恋人で、こうして彼と一緒に誕生日を迎えられたことを幸せに思っていた。

 夜になり、予約していたレストランで今まで食べたことのない豪華なフランス料理にとまどいながらも、幸せそうに食べる令子に向かって、淳也がポケットから何かを取り出した。
「はい、プレゼント」
 令子は喜んでプレゼントを受け取り、「開けてもいい?」と淳也に聞いた。いいよ、と淳也が答えると、令子は中身を確認した。
「指輪!」
 キラキラと輝くダイヤに見とれている令子に、
「令子のために奮発したんだよ」と照れくさそうに淳也が言った。

 レストランを出て車に乗り込むと、淳也が令子を誘った。
「今日、うち来ない?」
「えっ、でも…」
「大丈夫、今うちの両親海外行ってるから。家には妹の千絵がいるだけだよ」
「妹さんって、中学生だっけ?」
「うん、そうだよ。家に着いた頃はもう寝てる頃だろうし、全然大丈夫だよ」
 そう言われ、令子は少しドキドキしながらも淳也の家に行くことにした。

「ここが僕の部屋」
 令子は生まれて初めて男性の部屋に入ったが、イメージしていたよりもずっとキレイで、整理整頓された部屋に感心していた。淳也はベッドに腰掛けると、ポンポンとベッドを叩き、落ち着かない様子の令子を座らせた。
「ねぇ、知ってる?」
 淳也は令子に問いかけた。
「えっ、何を?」
「人間ってね、実は隠された秘密があるんだよ。令子って、こういうことは初めてだよね」
 こういうことって何、と思いつつも令子は顔を赤らめて頷いた。
「実はね、隠された秘密は当然僕にもあって、ううん、世界中の人間に秘密があるんだけどね。世界中の人間にあるなら、それは秘密じゃないんじゃないかって思うかもしれないけど、でも秘密なんだ。絶対に他人に言ってはいけない秘密。現に令子だって知らないだろう?」
 一体何のことを言っているのかわからない令子に、淳也は真剣に話を続ける。
「その秘密っていうのはね、実は、人間は人間を食べるってことなんだ」
「うそっ?」
 人間は人間を食べる…この言葉を聞いて、令子は怖くなった。そんなわけないと思った。
「いや、人間は人間を食べるんだ。しかもね、秘密はこれだけじゃない。人間が人間を食べるとどうなると思う?」
 淳也の問いに令子は無言だった。答えられるわけがなかった。想像も付かなかった。だが淳也は続ける。
「人間が人間を食べるとね、食べた人間も食べられた人間も死んでしまうんだ」
「えっ…。じゃぁ、どうして?死んでしまうとわかっているのに、どうして人間を食べてしまうの?」
 人間を食べることで死んでしまうのなら、人間を食べる必要なんてないと思った。人間を食べる姿なんて想像できなかった。この話は淳也の作り話だと思いたかった。
「うん、僕もね、今まで人間を食べる人間の気持ちなんて全くわからなかった。人間同士だし、お互い死ぬとわかっているのに、何で食べるのか理解できなかった。でもね、今はその気持ちがすごく理解できるんだ。だって、今の僕は令子を食べたくて仕方がないんだから!」
 そう言って淳也は立ち上がると、大きく目を見開いて両腕を広げ、そして令子の首をガッとつかんだ。
「やめてっ!」
 令子は叫ぶ。殺される、と思った。食べられる、と思った。
「ダメだ、やめることはできない。もう僕は止まれないんだよ。令子のことが食べたくて仕方ないんだ。愛おしい令子のことが食べたいんだ。食べたいんだ」
 淳也は首をつかんだまま令子を押し倒す。令子は首を締め付けられ、やめて、の声さえかすれて出ない。必死にもがくが、男の力には勝てない。その様子を見て、淳也はニヤリと笑って、こう言った。
「そんなに嫌なら、助かる方法が一つだけあるよ。君が僕を食べるんだ。僕はもう、君を食べるか死ぬまで満たされることはない。だから君が僕を食べれば、君は僕に食べられずにすむ。ただ、人間を食べた人間は死んでしまうから、結局は死んでしまうけどね。さぁ、どっちにする?僕が君を食べる?それとも君が僕を食べる?」
 「ぃゃーっ!」
 令子は淳也の腕をつかみ、必死に叫んだ。淳也の腕に爪を食い込ませ、淳也を怯ませようとした。だが、淳也は怯まなかった。
 「どうしたの、食べるか食べられるか、決めたの?」
 淳也はニヤニヤとしながら、冷静に令子を押さえつけていた。と、その時、淳也の腕から流れた血が令子の口に入った。令子の抵抗が止まった。次の瞬間、令子は淳也の首に噛みついていた。

 「おいしい、おいしい。なんておいしいんだろう。今日初めて食べたフランス料理よりもおいしい。なんでこんなにおいしいの。なんで今まで知らなかったの」
 令子は淳也の首、顔を貪り食った。もうとっくに淳也の息は無い。右腕をもぎ取り、指一本一本を丁寧に食べていく。左腕、体、足…全てを食べていく。きれいにきれいに食べていく。流れ落ちる赤い血も全て吸い尽くしていく。全てを食べ尽くしたところで、令子は叫んだ。
 「あぁー、ぁんっ!!」
 叫びながら倒れ込み、ベッドにうつ伏せになった。不思議なことに、ベッドのシーツは赤い染み一つを残しただけで、他は一切汚れていなかった。

 その様子を、ドアの隙間から一人の少女が覗いていた。淳也の妹の千絵だ。千絵は無表情に、目の前で起きた惨劇の一部始終を見ていた。見てはいけないものを見ている、頭ではそれを理解していても体が動かなかった。どうにも体が動かなくなり、思考も停止して、無表情に眺めることしかできなかったのだ。
 「あ…」
 その場で立ちつくしていた千絵が一瞬声を漏らした。ベッドの上でうつ伏せになっていた女の背中がニュルっとうごめいたのだ。何かの見間違いかと思って、千絵は女の体を凝視した。
 「ニュルっ。モソッ。ズブッ!」
 女の背中から、一本の腕が生えてきた。こきっこきっと手首を鳴らすような仕草をしたところで、もう一本の腕が出始めてきた。両腕が出たかと思うと、今度は背中に顔の形が浮かび上がった。
 「おにいちゃん…!」
 驚いて、声にならない声を千絵が出す。ニュルっと女の背中から顔が出ると、そのまま上半身も背中から出て来た。こきっこきっと首を鳴らすような仕草をしたところで、女の背中から立ち上がるように、両足も出て来た。女の体から完全に兄が抜け出すと、一瞬白く光ったような気がして、千絵は驚いて顔を背けた。千絵の体が動くようになった。千絵は恐る恐るベッドの方を見てみると、兄と女がベッドに横たわっていた。スースーと寝息を立てて、何事もなかったかのように、二人寄り添って寝ていた。
 千絵はドキドキが止まらず、自分の部屋に戻ったあとも体が火照ったままだった。

 10ヶ月後、淳也と令子の間には元気な男の子が生まれた。