世界遺産登録へ!富岡製糸場の写真いろいろ
2014年05月06日 国内
群馬県富岡市にある富岡製糸場が世界文化遺産に登録される見通しとなりました。富岡製糸場は社会の教科書にも出てくるため、多分名前くらいはみんな知っていると思います。数年前に富岡製糸場に行って写真を撮ってきたので、2014年6月の世界文化遺産登録見込みをお祝いして、ブログに写真でも貼っておきます。
富岡製糸場へのアクセス
車を持っている場合、カーナビに富岡製糸場を登録して、指示通り進めばきっと着きます(適当)。富岡製糸場に駐車場はないので、近隣の駐車場を利用することになります。世界文化遺産に登録されたら、近くの駐車場のスペースが足りるかわかりません。富岡市では先月から、大型無料駐車場を製糸場から1キロ前後離れた場所にも用意し始めたそうです。詳しくは、公式ホームページを確認してから行くようにしてください。鉄道で行く場合は、東京駅から新幹線に乗って高崎駅まで行き、高崎駅で上信電鉄に乗換え(約40分)、上州富岡駅下車、徒歩約15分だそうです。
お昼ご飯
お昼ご飯は、近くの茶屋に行きました。上州名物おっきり込みを食べました。店内はレトロな雰囲気で、混雑していなければオススメです。
富岡製糸場へ
駐車場に車を止めたら、富岡製糸場までは歩いて行きます。標識や矢印などもあるので、多分迷わないと思います。
数年前はこのように、「世界遺産暫定リスト登載」と書かれていました。見学前は、「鎌倉でも世界遺産登録は難しいのに、富岡はもっと難しいんじゃないか」などと思っていました。
正面に見えるのが、富岡製糸場です。
入り口には、「史跡重要文化財 旧富岡製糸場」と書かれた看板がありました。
富岡製糸場とは
富岡製糸場は明治5年(1872年)、明治政府が日本の近代化のために最初に設置した模範器械製糸場です。江戸時代末期に鎖国政策を変えた日本は外国と貿易を始め、当時最大の輸出品は生糸でした。明治維新後、政府は産業や科学技術の近代化を進めました。政府は生糸の品質改善・生産向上と、技術指導者を育成するため、洋式の繰糸器械を備えた模範工場をつくることにしました。それが富岡製糸場です。繰糸場は長さ約140.4メートル、幅12.3メートル、高さ12.1メートルで、当時、世界的にみても最大規模でした。繭を生糸にする繰糸工場には300人取りの繰糸器が置かれ、全国から集まった工女たちの手によって本格的な器械製糸が始まりました。富岡製糸場の現在の様子
東繭倉庫。原料課。
乾燥場。
煙突。
ブリューナ館。
女工館(2号館)。
木の骨組みに、壁に煉瓦を積み入れて造る木骨煉瓦造。煉瓦という西洋の新しい材料を取り入れながら、屋根は伝統的な日本瓦で葺くなど、日本と西洋の建築技術を融合して建てられました。
繰糸場内部
現在の繰糸場内部の様子です。操業停止時の状態で保存されていて、内部を見学することができます。富岡製糸場の周りの風景
鏑側と山の懐かしい風景。戦国時代には、向こう側から武田信玄が攻めてきたそうです。レンガ積排水溝。明治時代には珍しかった下水道の説明があります。
資料や世界遺産登録への取り込みなど
世界遺産登録へのプロセスの紹介や、糸をとる仕組みの解説などがあります。富岡製糸場は、明治政府の殖産興業政策にもとづいて設立された官営模範工場で、日本の近代化、経済・産業発展の歴史を物語る証拠となっています。設立当初の敷地と主な建造物が良好な状態で保存されていることも価値が高く、貴重な文化遺産です。明治政府がつくった官営工場の中で、ほぼ完全な形で残っているのはここ富岡製糸場だけです。富岡製糸場は、世界遺産登録されるのにも納得の工場だったわけです。
今年6月には正式に世界文化遺産として登録される見込みです。社会科見学として、富岡製糸場に行ってみてはいかがでしょうか。